東京地方裁判所 平成9年(行ウ)2号 判決 1998年5月28日
原告
津村節子
右訴訟代理人弁護士
牛嶋勉
被告
関東信越国税局長
乾文男
右指定代理人
齋藤紀子
外四名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 原告の請求
被告が原告に対し平成六年二月一六日付けでした、安齊正臣の相続税についての連帯納付義務に係る督促処分を取り消す。
第二 事案の概要
本件は、共同相続人が滞納した相続税について、被告から、相続税法(以下「法」という。)三四条一項の連帯納付義務に係る督促処分を受けた原告が、右連帯納付義務は、第二次納税義務と同様に補充性があり、本来の納税義務者に滞納処分を執行しても徴収すべき税額に不足すると認められる場合に限り、その不足見込額を限度として認められるべきものであるにもかかわらず、所轄税務署長及び同税務署長から徴収の引継ぎを受けた被告が共同相続人からの徴収を怠った結果、徴収することができなくなった相続税について、原告に対し督促処分を行うことは、法三四条一項の趣旨に反する違法な処分であって許されず、あるいは、国税徴収権の濫用に当たり許されないとして、右督促処分の取消しを求めている事案である。
一 関係法令の定め
1 相続税の連帯納付義務
同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得したすべての者は、その相続又は遺贈により取得した財産に係る相続税について、当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として、互いに連帯納付の責めに任ずるものとされている(法三四条一項)。
2 相続税の延納
(なお、以下において、相続税の延納に係る法の規定は、平成四年法律第一六号による改正前のものである。)
税務署長は、法三三条又は国税通則法(以下「通則法」という。)三五条二項の規定により納付すべき相続税額が一〇万円を超える場合においては、納税義務者の申請により、法三八条一項、二項の定めるところに従い、年賦延納を許可することができ、この場合においては、その延納税額が五〇万円未満で、かつ、その延納期間が三年以下である場合を除き、その延納税額に相当する担保を徴さなければならないとされている(法三八条一項、二項、四項)。
右の延納の許可を申請しようとする者は、その延納を求めようとする相続税の納期限までに、又は納付すべき日に、政令の定めるところにより、延納を求めようとする税額及び期間、分納税額及びその納期限その他必要な事項を記載した申請書に担保の提供に関する書類を添え、これを納税地の所轄税務署長に提出しなければならず(法三九条一項)、税務署長は、右の申請書の提出があった場合において、当該申請者及び当該申請に係る事項が法三八条一項及び二項の規定に該当するときは、当該申請を許可しなければならないとされている(法三九条二項本文)。ただし、税務署長は、当該申請者の提供しようとする担保が適当でないと認めるときは、その変更を求めることができ、この場合において当該申請者がその変更の求めに応じなかったときは、当該申請を却下することができるものとされている(同項ただし書)。
二 前提となる事実
(以下の事実のうち、証拠を掲記したもの以外は、当事者間に争いがない事実である。)
1 相続税の申告
(一) 原告、安齊正臣及び朝比奈悦子(以下、併せて「原告ら」という。)は、平成二年五月一五日に死亡した安齊正雄の子であり、同人の死亡により開始した相続(以下「本件相続」という。)により取得した財産に係る相続税について、その法定申告期限の前日である同年一一月一四日、川越税務署長に対し、各人の課税価格及び納付すべき税額を次の(1)ないし(3)記載のとおり記載した申告書(以下「本件申告書」という。)を共同で提出した。
(1) 原告
課税価格 六億七六一一万一〇〇〇円
納付すべき税額 三億〇三一七万〇五〇〇円
(2) 安齊正臣
課税価格 六八〇一万円
納付すべき税額 三一九一万二六〇〇円
(3) 朝比奈悦子
課税価格 一億四二二〇万二〇〇〇円
納付すべき税額 六三八二万五三〇〇円
(二) なお、本件申告書及びこれに添付された遺産分割協議書により、安齊正臣が本件相続により取得した財産は、相続税評価額二〇七二万三〇〇〇円の貸宅地(坂戸市仲町九七七番一〇。以下「本件貸宅地」という。)及び相続税評価額合計四七二八万七三五一円の有価証券類(上場株式、投資信託、金貯蓄)であることが明らかにされていた。
2 安齊正臣による相続税の延納申請等
(一) 安齊正臣は、本件申告書を提出した平成二年一一月一四日、川越税務署長に対し、本件相続により取得した財産に係る自己の納付すべき相続税額三一九一万二六〇〇円(以下「本件相続税額」という。)のうち三一九〇万円について法三八条の規定による延納の許可を得る目的で、法三九条一項に規定する相続税延納申請書(以下「本件延納申請書」という。)を、担保の提供に関する書類を添えずに提出した(以下、これを「本件延納申請」という。)。
(二) 安齊正臣は、本件相続により取得した財産に係る相続税の法定の納期限である平成二年二月一五日、本件相続税額のうち、本件延納申請に係る部分を除いた一万二六〇〇円を納付した(乙二、弁論の全趣旨)。
(三) 川越税務署長は、平成三年五月一五日付けで、安齊正臣に対し、本件延納申請書には担保の提供に関する書類が添付されていないので、同月三一日までに右書類を提出するよう求める趣旨の補正通知書を発した(乙三)。
これに対し、安齊正臣は、同月二九日、川越税務署を訪れ、担当の職員に対し、同年六月末日までには担保の提供に関する書類を提出する旨を申し出、同職員は、これを了承した(乙三、弁論の全趣旨)。
(四) しかし、その後、安齊正臣から担保の提供がなされなかったため、川越税務署長は、平成三年九月二五日付けで、安齊正臣に対し、同年一〇月一五日までに担保の提供に関する書類を提出するよう求める趣旨の二回目の補正通知書を発した(乙四)。
なお、安齊正臣は、平成四年九月一六日ころ、本件貸宅地を売却したが、右売却代金によって、本件相続税額の未納付分を納付することはなかった(弁論の全趣旨)。
(五) その後も、安齊正臣から担保の提供がなされなかったため、川越税務署長は、平成四年一一月二〇日付けで、安齊正臣に対し、同月三〇日までに担保の提供に関する書類を提出するよう求める趣旨の三回目の補正通知書を発したが、同人から担保の提供はなされなかった(乙五、弁論の全趣旨)。
(六) そこで、川越税務署長は、平成五年三月三一日付けで、担保の提供がないことを理由として、本件延納申請を却下することを決定し、これにより、本件相続税額のうち三一九〇万円が滞納となった(以下、この滞納となった相続税本税及びその延滞税を併せて「本件滞納相続税」という。)。
3 原告に対する督促処分等
(一) 被告は、平成五年五月二四日付けで、通則法四三条三項の規定に基づき、川越税務署長から、本件滞納相続税について徴収の引継ぎを受けた。
(二) 被告は、法三四条一項の規定に基づき、本件滞納相続税について、平成五年七月二九日付けで、安齊正臣の共同相続人である原告及び朝比奈悦子に対し、それぞれ、「連帯納付義務に係る納税告知書」を発付した。
(三) 被告所部職員は、平成五年六月八日以降数回にわたって、安齊正臣と面接するなどして、本件滞納相続税につき納付折衝を行ったが、同人から右相続税の納付はなく、右(二)記載の「連帯納付義務に係る納税告知書」の送付を受けた原告及び朝比奈悦子においても、右相続税を納付することはなかった(乙九、一〇、弁論の全趣旨)。
そのため、被告は、通則法三七条に基づき、本件滞納相続税について、平成六年二月一六日付けで、原告及び朝比奈悦子に対し、それぞれ、「連帯納付義務に係る督促状」を発付した(以下、このうち原告に対する督促状の発付を「本件督促処分」という。)。
(四) 被告は、平成六年四月五日付けで、本件滞納相続税を徴収するため、原告所有の貸宅地二筆(坂戸市仲町三八六一番一、同所三八六二番二)を差し押さえた。
4 不服申立て前置
(一) 原告は、本件督促処分を不服として、平成六年四月九日付けで、被告に対し、異議申立てを行ったが、被告は、同年八月一五日付けで、右異議申立てを棄却する旨の決定をした。
(二) さらに、原告は、本件督促処分を不服として、平成六年九月一九日付けで、国税不服審判所長に対し、審査請求を行ったが、同所長は、平成八年九月二四日付けで、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。
三 争点及び争点に関する当事者の主張
1 法三四条一項の連帯納付義務に、第二次納税義務と同様の補充性があるかどうか(争点1)
(被告の主張)
(一) 法三四条一項は、相続人又は受贈者(以下「相続人等」という。)が二人以上ある場合に、各相続人等に対し、自らが負担すべき固有の相続税の納税義務のほか、他の相続人等の固有の相続税の納税義務について、当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として、連帯納付義務を負担させているものである。この連帯納付義務は、法が相続税徴収の確保を図るため、相互に各相続人等に課した特別の責任であって、その義務の履行の前提をなす連帯納付義務の確定は、各相続人等の固有の相続税の納税義務の確定という事実に照応して、法律上当然に生ずるものであるから、連帯納付義務につき格別の確定手続を要するものではなく、したがって、相続人等固有の相続税の納税義務が確定すれば、国税の徴収に当たる所轄庁は、連帯納付義務者に対して徴収の手続を行うことができるものである。
(二) 法三四条一項の連帯納付義務は、民法の連帯債務に類似し、相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度とする点で民法の連帯債務と異なるにすぎない。したがって、右連帯納付義務についても、各債務者が、法定の各自の義務の限度内で金額的に重なり合う範囲内において、独立して全部の給付をなす義務を負うのは当然のことであり、その意味において補充性を有しないことは、これまた当然のことと解される。
原告は、法三四条一項の連帯納付義務につき補充性が認められるべきである旨主張するが、右連帯納付義務に補充性が認められないことは、右規定の文理に照らしても明らかであり、これに反する原告の主張は失当である。
また、原告は、まず本来の納税義務者から相続税を徴収し、その全部又は一部を徴収できない場合に限って、相続税の連帯納付義務者に対して納付を督促し滞納処分を行うという取扱いは、行政先例法として成立していると主張するが、そのような行政先例法は成立しておらず、右主張も失当である。
(三) 以上のとおり、安齊正臣の納付すべき相続税については、法三四条一項の規定により、本来の納税義務者である安齊正臣のほか共同相続人である原告及び朝比奈悦子も連帯納付義務を負っているものであり、右相続税が納付されないときは、国は、原告らのいずれからでもこれを徴収することができるのであるから、本件滞納相続税について被告がした本件督促処分は適法である。
(原告の主張)
(一) 法三四条一項の連帯納付義務の補充性
相続税の本来の納税義務者は、それぞれの相続財産を取得した者であり、法三四条一項の連帯納付義務は、本来の納税義務者の無資力に備えたものである。したがって、連帯納付義務の規定があるからといって、当然に連帯納付義務の履行を求めることができるとすることは不合理であり、本来の納税義務者から徴収することができない場合に限って、連帯納付義務の履行を求めることが許されると解すべきである。
すなわち、法三四条一項の連帯納付義務の法的性格は、第二次納税義務に類似するものであり、したがって、右連帯納付義務についても、第二次納税義務と同様の補充性があり、本来の納税義務者に対して滞納処分を執行しても徴収すべき税額に不足すると認められる場合に限り、その不足見込額を限度として認められるべきものである。
(二) 行政先例法の成立
ところで、納税義務を免除、軽減し、あるいは手続要件を緩和する取扱いが、租税行政庁によって一般的にしかも反復継続的に行われ、それが法であるとの確信(法的確信)が納税者の間に一般的に定着した場合には、慣習法としての行政先例法の成立を認めるべきであり、租税行政庁もそれによって拘束されるというべきである。
相続税の徴収実務において、まず本来の納税義務者から相続税を徴収し、その全部又は一部を徴収できない場合に限って、相続税の連帯納付義務者に対して納付を督促し滞納処分を行うという取扱いは、長年にわたって定着しており、一般的にしかも反復・継続的に行われてきたものであり、納税者も当然そのような取扱いがなされるものと確信しており、法的確信が納税者に一般的に定着している。
したがって、まず本来の納税義務者から相続税を徴収し、その全部又は一部を徴収できない場合に限って、相続税の連帯納付義務者に対して納付を督促し滞納処分を行うという取扱いは、行政先例法として成立しているというべきである。
(三) 以上のとおり、法三四条一項の連帯納付義務には補充性があり、本来の納税義務者に対して滞納処分を執行しても徴収すべき税額に不足すると認められる場合に限り、その不足見込額を限度として認められるべきところ、後記2(原告の主張)記載のとおり、本件滞納相続税は、国税当局において適正な処理を行っていれば、安齊正臣から徴収できた可能性が十分にあったものであり、国税当局の怠慢な処理の結果徴収できなくなった右相続税について、原告に対して督促処分を行うことは、法三四条一項の連帯納付義務の補充性に反するものというべきである。
したがって、本件督促処分は、法三四条一項の趣旨に反する違法な処分として、取り消されるべきである。
2 本件の事実関係の下において、原告から本件滞納相続税を徴収することが国税徴収権の濫用に当たるかどうか(争点2)
(原告の主張)
(一) 本来の納税義務者からの徴収の怠慢
(1) 川越税務署長は、本件延納申請から二年四か月以上経過した平成五年三月三一日付けで右申請を却下しているが、以下のとおり、これは、甚だしく遅きに失した怠慢な処理である。
すなわち、前記第二の一2記載のとおり、相続税の延納申請は、その相続税の納期限又は納付すべき日までに延納申請書に担保の提供に関する書類を添えて所轄税務署長に提出しなければならないものであり、担保の提供がされない延納申請は、延納を許可する条件が欠けるため却下されるべきものである。
もっとも、相続税の徴収実務においては、担保の提供が遅延している原因が真にやむを得ない事情に基づくものと認められる場合には、直ちに延納申請を却下するのではなく、申請者に補正を求めるものとされているが、この場合においても、当該申請からおおむね三か月以内に処理すべきであるとされている。
本件延納申請書には担保の提供に関する書類が添付されていなかったが、最初の補正通知書が発せられたのは、本件延納申請から六か月も経過した後であり、最初の補正通知書の送付から二回目の補正通知書の送付までは四か月以上、二回目の補正通知書の送付から三回目の補正通知書の送付までは、一年二か月近く経過し、さらに、その後本件延納申請が却下されるまでに四か月以上経過しているのであって、このような川越税務署長の事務処理が甚だしく遅きに失し、怠慢な処理であることは明らかである。
仮に被告が主張するように担保の提供が遅延した場合の延納申請の取扱いについて、税務署長に一定の裁量権が認められるとしても、本件における川越税務署長の処理がその裁量権を逸脱した違法なものであることは明らかである。
(2) 安齊正臣は、本件相続により相続税評価額二〇七二万三〇〇〇円の本件貸宅地及び相続税評価額合計四七二八万七三五一円の有価証券類を取得しており、川越税務署長においても、本件申告書及びこれに添付された遺産分割協議書により、右事実を把握していた。
したがって、本件延納申請に関し、川越税務署長において、安齊正臣に対し速やかに担保提供を求め、その提供がない場合は、担保の提供が遅延している原因が真にやむを得ない事情に基づくものと認められなければ直ちに本件延納申請を却下し、そうでなくとも、遅くとも本件延納申請書が提出されてから三か月以内に本件延納申請を却下し、督促及び差押えを行っていれば、本件滞納相続税の全額を安齊正臣から徴収することが十分可能であったものである。
(3) 川越税務署長から本件滞納相続税の徴収の引継ぎを受けた被告においても、以下に例示するとおり、右相続税について安齊正臣からの徴収を怠っているものである。
ア 被告は、安齊正臣が平成五年六月に自らの相続税は自らの責任で支払う旨を約して、原告及び朝比奈悦子から合計五〇〇万円の支払を受けたことを知りながら、安齊正臣から一切徴収をしなかった。
イ 被告は、平成五年六月に安齊正臣と納付折衝をした時に、同人が本件相続により取得した株式を保有していることを知りながら、右株式に対する滞納処分をしなかった。
ウ 安齊正臣は、平成六年一月一八日、本件相続により取得し、引渡しが未了になっていた株式(端株)について、馬橋隆紀弁護士からその引渡しを受けたが、被告は、右株式について滞納処分をしなかった。
エ 被告は、本件滞納相続税の徴収の引継ぎを受けてから一年半も経過した平成六年一一月に至って初めて証券会社に対する調査を開始し、さらに平成七年三月に至って初めて銀行に対する調査を行っており、安齊正臣に対する財産調査を適時に行わなかった。
(二) 自己の相続税納付が著しく困難な原告の状況
原告が納付すべき相続税額は三億〇三一七万〇五〇〇円であったが、到底これを一括で支払うことはできないので、川越税務署長に対し、二〇年で分納する旨の相続税延納申請書を提出し、その許可を得ている。
しかし、原告が本件相続により取得した財産の大部分は、容易に処分できない不動産であり、分納税額の納付も極めて困難な状況にある。
すなわち、原告は、本件相続により取得した土地の一部を売却し、これらの売却代金を、譲渡に係る所得税を除いて、原告が本来納付すべき相続税本税及び利子税に充当したが、その余の土地については売却が難航し、平成七年七月以降は新たな土地売却は一切できず(被告が差し押さえた貸宅地二筆は、売却可能性のある物件であったが、右差押えにより売却不能となってしまった。)、原告は、自己の相続税すら納付するのが困難な状況にあるのである。
(三) 以上のとおり、本件滞納相続税は、国税当局において適正な処理を行っていれば、安齊正臣から徴収できた可能性が十分にあったものであり、国税当局の怠慢な処理の結果徴収できなくなった右相続税を、自らの相続税すら納付することが困難な状況にある原告から徴収することは、国税徴収権の濫用に当たり許されないものというべきである。
したがって、本件督促処分は、国税徴収権の濫用に当たる違法な処分として取り消されるべきである。
(被告の主張)
(一) 前記1(被告の主張)記載のとおり、法三四条一項の連帯納付義務には補充性がなく、第二次納税義務のように滞納者に対する滞納処分を執行してもなお徴収すべき額に不足すると認められる場合に限って徴収できるとするものではない。原告に対する連帯納付義務に係る督促処分等の徴収手続と滞納者に対する延納申請の処理等の徴収手続は別個の手続であり、被告は、法に基づき連帯納付義務者である原告に対し、徴収事務を進めたにすぎないものである。
したがって、安齊正臣からの徴収を怠ったことを理由として、原告から本件滞納相続税を徴収することが国税徴収権の濫用に当たるとする原告の主張は、主張自体失当のものである。
(二) 加えて、安齊正臣に対する徴収手続それ自体をみたとしても、以下のとおり、右手続に何ら違法、不当はないから、この点においても、原告の徴収権濫用の主張は失当である。
(1) 法三九条一項は、相続税の延納申請をする場合には、延納申請書に担保に関する書類を添えて所轄税務署長に提出しなければならない旨規定しているところ、納税者の中には、相続登記(登録)未了等の種々の事情により、延納申請書提出と同時に担保の提供ができない場合もあって、行政庁が画一的な処理を行うことは、納税者のみならず国税債権者にとっても得策ではない。このような行政判断から、徴収実務においては、担保の提供が遅延している原因が真にやむを得ない事情に基づくものと認められる場合には、所轄税務署長は、延納申請を直ちに却下することなく、必要書類の提出や不備事項の補正が行われるよう補正期限を付した「補正通知書」を発し、納税者を指導することとしている。
担保の提供が遅延した場合において、どの位の期間の猶予が適当かということが問題になるが、その期間は延納申請者との関係から個別の事案ごとに決定されるべきものであり、一律にどのくらいの期間が適当であると決定することはできず、結局、延納申請について調査し、その許否を決定する権限を有する税務署長の裁量権にゆだねられているものといわざるを得ない。そして、本件の場合の事実経過は、前記第二の二2記載のとおりであり、川越税務署長が安齊正臣に対し担保の提供を猶予した期間は、違法性をもつほどの長期間にはわたっておらず、税務署長の裁量権の範囲内のものであるから、本件延納申請に係る川越税務署長の処理に違法、不当な点はない。
(2) 原告は、本件滞納相続税について、被告が安齊正臣からの徴収を怠った旨主張しているが、被告は、川越税務署長から徴収の引継ぎを受けた後、平成五年六月八日以降、数回にわたって、安齊正臣本人と接触しての納付折衝を行い、また、同年九月一六日の信用金庫等の財産調査を始めとして、以降、数回にわたって証券会社、銀行等の財産調査を実施するなどして厳正に徴収のための事務を執行しており、被告が安齊正臣からの徴収を怠った事実はない。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(法三四条一項の連帯納付義務に、第二次納税義務と同様の補充性があるかどうか)について
1 前記第二の一1記載のとおり、法三四条一項は、同一の被相続人から相続又は遺贈により財産を取得したすべての者に対し、自らが負担すべき固有の相続税の納税義務のほかに、他の相続人等の固有の相続税の納税義務について、当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度として、連帯納付義務を課している。この連帯納付義務は、法が相続税の徴収確保を図るために各相続人等に相互に課した特別の責任であって、その義務履行の前提条件をなす連帯納付義務の確定は、各相続人等の固有の相続税の納税義務の確定という事実に照応して、法律上当然に生ずるものである。
ところで、通則法八条は、国税に関する法律の規定により国税を連帯して納付する義務については、民法の連帯債務に関する規定を準用する旨定めており、これにより準用される民法四三二条は、数人が連帯債務を負担するときは、債権者はその債務者の一人に対し、又は同時若しくは順次に総債務者に対して、その債務の全部又は一部の履行を請求することができる旨定めている。
法三四条一項の連帯納付義務は、当該相続又は遺贈により受けた利益の価額に相当する金額を限度としているものであり、この点において、右規定は、通則法八条の特則をなすものであるが、法三四条一項は、各相続人等に対し、その納付義務の重なり合う範囲内においては、互いに連帯して当該相続税を納付すべき義務を課しているものであって、右納付義務の履行については、民法上の連帯債務ないしは連帯保証債務と同様に、国税債権者である国との関係では補充性はないものと解される。
2 この点につき、原告は、法三四条一項の連帯納付義務の法的性格は、第二次納税義務に類似するものであり、したがって、右連帯納付義務についても、第二次納税義務と同様の補充性があり、本来の納税義務者に対して滞納処分を執行しても徴収すべき税額に不足すると認められる場合に限り、その不足見込額を限度として認められるべきである旨主張する。
しかしながら、国税徴収法三三条ないし三九条及び四一条の定める第二次納税義務については、その規定の文言上、本来の納税義務者に対して滞納処分を執行しても徴収すべき額に不足すると認められる場合に限り、一定の限度でその滞納に係る国税について第二次納税義務を負う旨が明らかにされているのに対し、法三四条一項の連帯納付義務については、その規定の文言上、右のような限定は付されていないのであって、右連帯納付義務について、第二次納税義務と同様の補充性を認めることは、その文理に明らかに反するものといわざるを得ない。
したがって、原告の前記主張は採用することができない。
3 さらに、原告は、相続税の徴収実務においては、まず本来の納税義務者から相続税を徴収し、その全部又は一部を徴収できない場合に限って、相続税の連帯納付義務者に対して納付を督促し滞納処分を行うという取扱いが慣習法たる行政先例法として成立している旨主張する。
しかしながら、慣習法たる行政先例法が、租税法の法源となり得るかについては、それ自体問題となるところであり、仮にその点をおいたとしても、法三四条一項の連帯納付義務について、右規定の文理を離れ、第二次納税義務ないしは納税保証債務(通則法五〇条六号参照)と同様の補充性を認める取扱いが慣習法たる行政先例法として成立していると認めるに足りる証拠は存しない。
したがって、原告の前記主張は採用することができない。
4 以上のとおり、法三四条一項の連帯納付義務は補充性を有しないものというべきであるから、右連帯納付義務が補充性を有することを前提として、本件督促処分が右規定の趣旨に反し違法であるとする原告の主張は、その前提を欠き、失当というべきである。
二 争点2(本件の事実関係の下において、原告から本件滞納相続税を徴収することが国税徴収権の濫用に当たるかどうか)について
1 原告は、本件滞納相続税は、国税当局において適正な処理を行っていれば、安齊正臣から徴収できた可能性が十分にあったものであり、国税当局の怠慢な処理の結果徴収できなくなった右相続税を、自らの相続税すら納付することが困難な状況にある原告から徴収することは、国税徴収権の濫用に当たり許されない旨主張する。
2 しかしながら、前記一で説示したとおり、法三四条一項の連帯納付義務については、補充性がなく、第二次納税義務のように、本来の納税義務者に対する滞納処分を執行しても徴収すべき額に不足すると認められる場合に限って、納税義務を負担するものではない。したがって、国税当局において本来の納税義務者に対する滞納処分等の徴収手続を適正に行っていれば、本来の納税義務者から滞納に係る相続税を徴収することが可能であったにもかかわらず、国税当局がその徴収手続を怠った結果、本来の納税義務者から右相続税を徴収することができなくなったという事実があったとしても、右事実は、法三四条一項により各相続人等に課されている連帯納付義務の存否又はその範囲に影響を及ぼすものではなく、国税当局が各相続人に対し右連帯納付義務の履行を求めて徴収手続を進めたとしても、これをもって国税徴収権の濫用と評価することはできないものというべきである。
3 もっとも、法三四条一項の連帯納付義務は、法が相続税の徴収を確保するため各相続人等に課した特別の責任であることに照らすと、単に、国税当局において本来の納税義務者から相続税の徴収を怠ったというにとどまらず、本来の納税義務者が現に十分な財産を有し、同人から滞納に係る相続税を徴収することが極めて容易であるにもかかわらず、国税当局が同人又は第三者の利益を図る目的をもって恣意的に右相続税の徴収を行わず、法三四条一項に基づき、他の相続人等に対して滞納処分を執行したというような場合においては、当該滞納処分等が形式的には租税法規に適合するものであっても、正義公平の観点からみて国税徴収権の行使として許容できず、国税徴収権の濫用に当たると評価すべき余地がないわけではない。
しかしながら、原告が本訴において、国税徴収権の濫用に係る事情として主張しているところは、要するに、国税当局において本来の納税義務者である安齊正臣に対する滞納処分等の徴収手続を適正に行っていれば、同人から本件滞納相続税を徴収することが可能であったにもかかわらず、国税当局がその徴収手続を怠ったということ、及び原告において自己の相続税すら納付することが困難な状況にあるということにとどまるのであって、原告の主張事実を前提としても、原告から本件滞納相続税を徴収することが国税徴収権の濫用に当たるものということはできず、他に原告から右相続税を徴収することが国税徴収権の濫用に当たると評価すべき事情が存することを認めるに足りる証拠はない。
4 したがって、原告から本件滞納相続税を徴収することが国税徴収権の濫用に当たるとする原告の主張は採用することができない。
三 以上のとおり、法三四条一項の連帯納付義務の補充性及び国税徴収権の濫用に関する原告の主張はいずれも採用することはできず、本件滞納相続税について、法三四条一項の連帯納付義務に基づき、被告が原告に対してした本件督促処分は適法というべきである。
第四 結論
よって、原告の本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官青栁馨 裁判官増田稔 裁判官篠田賢治)